秋月黒田家の家紋「ひねり藤」を掲げた兜 |
郷土館の武家屋敷に揃う鎧兜。軍議の様子さながらに展示。 |
2013年7月10日
北部九州は早くも梅雨が明けたらしい。
確かに前日よりも日差しが幾分、厳しさを増している。
給水の準備をしっかり整えて、筑前の小京都・秋月へ
仕事の資料集めに出かける。
秋月郷土館の武家屋敷の座敷には、12体の赤や黒の鎧兜が
まるで軍議でもやっているかのように向い合せに並んでいる。
秋月は、相馬の馬揃え、高知の旗揃えに並ぶ天下三揃えの一つ
「秋月黒田鎧揃え」といういわゆる軍事演習が行われていた。
兜には秋月黒田家の家紋である「ひねりふじ」が金色に輝き
近くで見ると迫力満点。鎧兜保存会による鎧兜行列が見ものだ。
ちなみに隣接の美術館には黒田長政が着けていた本物が
展示されているからすごい。ここは秋月の大穴場スポットだ。
気分は一気に戦国時代、江戸時代へタイムスリップする。
群雄割拠の戦国時代、秋月には豊後の大友氏、佐賀の龍造寺氏、
薩摩の島津氏、山口の大内氏らと並ぶ秋月種実という戦国大名が居た。
ついには九州征伐の遠征に来た豊臣秀吉の軍門に下るのだが
勢力が違いすぎるにも関わらず種実は戦いを挑んだ。
その後秋月氏は宮崎県の日向高鍋に移封され
その血脈は日向高鍋藩の領主として受け継がれる。
その第5代領主・秋月種美の次男、松三郎が出羽国米沢藩の
養子となり、やがて米沢藩の第9代藩主となる。
その人こそが上杉鷹山なのである。
鷹山には秋月氏の血が流れているのである。
明治維新の後、不平士族の反乱が相次ぐ。
西南の役はその最たるものだが、その数年前に秋月の乱が勃発。
挙兵して小倉に向かうが、そこであの乃木希典が率いる政府軍に破れる。
ここでも戦国大名・秋月種実同様、多勢に無勢の戦に挑む姿がある。
巨大な権力に対して物申さずにはいられない、
我が正義を貫かずにはいられないというその魂には
秋月の清冽な水や空気のような純粋さが迸っている。
250年経った古民家で営業を営む十代目・高木久助。 言わずと知れた文政2年創業の本葛の老舗。 |
車で秋月地区に入り眼鏡橋を右手に見てまもなく、古い民家の軒先に
紺地に「葛」と白く抜いた暖簾がゆれる廣久本舗がある。
文政二年創業というから190年以上の歴史を誇る生粋の老舗だ。
今は十代目・高木久助さんが店を継ぎ「本葛」を作りつづけている。
当時、江戸市中では「久助」といえば「本葛」のことだったとか。
それほど知られた名店だ。暑い夏は冷たくして頂く
葛餅や葛きりがうまい、うまい!店内でいただくこともできる。
この川沿いの小道を寅さんが歩いた。川音が涼やかだ。 |
その駐車場の裏手から野鳥川の清流が涼やかな川音が聞こえる。
川の土手の道は、映画『寅次郎紙風船(第28作)』のなかで
寅さんが歩いた道だ。白壁の小道と清流と・・・
この情緒がたまらなくいい。秋月を代表するスポットだ。
きれいな水、きれいなまち、きれいな自然、そして
葛に代表される純粋な味・・・。秋月は清冽さが沁みる。
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