久助葛の原点

推定樹齢50年以上、重さ80kg超の寒根
2018年 3月17日 鹿児島県鹿屋市

 上の写真の木のようなものは、木ではない。マメ科の大形ツル性植物に分類されるクズの根、この地方では寒根(かんね)と呼ぶ。いわゆる葛の根っこだが、その巨大さには目を見張る。大人一人では持ち上げきれないほどの重量があり、太さは大人の胴回りほど、長さは170cmを優に超える。この寒根、掘り出すのに丸一日、山奥から大人二人が担いで下山し持ち込んだ逸品だそうだ。

葛の断面、明らかに木の断面とは違う
掘り子さんによって持ち込まれた寒根

 ここは、福岡県朝倉市秋月で葛の製造販売を行っている創業文政二(1819)年、「久助本葛」の名で知られる廣久葛本舗の鹿児島工場だ。
 晩秋にたっぷりデンプンを蓄えた大小様々な葛を地元の掘り子さんらが山から掘り出しここに持ち込む。掘り子さんらにとって寒根は農閑期の現金収入になるため「山の宝」なのだという。
 この寒根を砕いて何度も水で晒し、沈殿する良質のデンプンだけを取り出したものが本葛粉になるのだが、50kgの寒根からできる本葛粉は、その7%、3kgちょっとしかない。ここで獲れる寒根はすべて自然の野山で育った天然物。栽培物ではない。しかし、30年以上経った寒根は近年減少傾向にあり、また重労働を強いられる掘り子さんの高齢化も重なって寒根の収穫の見通しは暗い。したがって本葛の製造量も減少、ゆえに久助本葛は希少で貴重な食品なのである。

大型タンクにいっぱいになった寒根の絞り汁

 晩秋に掘り出された寒根は、鹿児島工場で素葛(本葛になる前の葛)の段階まで作り、それを秋月に持ち帰って再度、秋月の清水に数日晒し、伝統的な「船入れ」「船上げ」の工程を経て風通しのよいところで半年から1年、自然乾燥させる。工場の稼働から1年以上の時間を経て、硬く締まった真っ白な本葛が完成するのである。
 ここの本葛粉は、和食はもちろんイタリアンやフレンチでも使われていて、その優しい食感、純粋で素朴な味わいは、昨年、ニューヨークで有名なレストランを経営するイタリアンのシェフをも驚かせたという。もっとも、「久助葛」の話を聞いて最初に動いたのはシェフの方で、来日した折に時間を見つけて自ら秋月に足を運び10代目・髙木久助を訪ねたところ留守だったため、今度は10代目・髙木久助がニューヨークのシェフのもとを訪ね葛談義に花を咲かせたという。
 前年11月から本年4月まで約5ヶ月にわたって収穫から葛粉づくりの製造を行い、あとは自然乾燥させて水分を飛ばし固まるまで半年から1年というのが完成までの時間だ。この時間のサイクルは、久助本葛製造を始めた江戸時代からほぼ変わらない。第4次産業革命の真っ只中にある現代において、昔ながらの伝統的な手法にこだわって安全で安心な食品を作り続ける姿は愚直に見えるかもしれない。だが、10代目・髙木久助さんを知る人は皆、彼の愚直さによって生まれる本葛の大ファンであり、伝統を受け継ぐ姿には心から拍手を贈る。
 昔ながらの味わい、昔ながらの手法、昔ながらの商売・・・できあがった久助本葛にはさまざまな日本人の心根もいっしょに溶け込んでいる。